個人間融資 マロンツリー ブログ 12/7のニュース

いつもご利用ありがとうございます。

個人融資掲示板マロンツリーです

林家木久扇さん 大喜利で声が出ない! 客は笑ってくれたが…喉頭がんだった

衆議院選挙まっただ中の10月中旬、横浜市での落語会。日本テレビの人気番組「笑点」のテーマ曲と共に、派手な金色の着物で舞台に現れた。

 「選挙とかけまして『どんぐりころころ』の歌と解く」

 その心は――。

 「小池にはまって、さあ大変」

 選挙をテーマに30分間、田中角栄や、師匠・林家彦六(1895~1982年)の声色やしぐさをまね、観客を爆笑の渦に巻き込んだ。

 自身の病気も笑いにする。「3年前、(がんがのどの部分にできる)喉頭がんになりまして、全然声が出なくなっちゃったんです。治療に使った放射線の機械が10億円。木久蔵ラーメンだと360万食」

 とぼけたギャグといじられキャラで、子どもからお年寄りまで「木久ちゃん」の愛称で親しまれる「黄色い着物の人」。笑点出演は47年の最古参で最年長だ。

 声のかすれた姿が笑点で放送されたのが2014年7月だった。大喜利で当時の司会、桂歌丸さんのお題に、手を挙げたものの、ほとんど声が出ない。右隣の三遊亭好楽さんに耳打ちし、代わりに回答してもらった。客は新たなギャグかと、いつも以上に笑ってくれた。

 風邪かと思っていたが、声は戻らない。毎月通院している東京都内の大学病院を受診し、精密検査を受けると、「喉頭がんで、ステージ(病期)2です」と告げられた。命の心配以上に、「仕事はどうなるんだ」という不安の方が大きくのしかかった。

 5年生存率は86%と高く、決して治りにくいがんではない。だが職業柄、ただ治ればよいというわけにはいかない。声は落語家の命だ。病気になったことより、「仕事を失うことの方が怖かったですね」。

 医師からは三つの治療法を示された。手術、抗がん剤治療、そして放射線治療。手術を受けると声帯が傷ついてしまい、がんは治っても声が出ないままになる恐れがある。抗がん剤は副作用で髪が抜けたり、皮膚にしみや発疹が出たりすると、高座やテレビに出ることがためらわれる。

 「放射線で治療してください」。迷うことなく医師にお願いした。

 治療は7週間にわたり、週5回通院しながら放射線を受ける。今までのようには仕事はできない。「より一層おもしろくなって皆様の前に帰ってまいります」とのコメントを発表し、治療に専念するために休養に入った。

 テレビ番組「笑点」が気がかりでならなかったが、番組側は休養中、大喜利で獲得した座布団を元のまま積み上げておき、復帰を待つ配慮をしてくれた。それでも、初めて自分が出ていない「笑点」を自宅で見るのはたまらなくわびしい。

 「復帰が遅れると、戻る場所がなくなるかもしれない」。誰からも愛される人気者でも、決して安泰ではない厳しい世界に生きている。不安が日増しに募っていった。

休業中の悩み…家族と11人の弟子、どうやって養うか

 のどにできた喉頭がんで声が出なくなり、2014年7月から放射線治療を受けた。週5回、7週間の通院で、のどに放射線が照射される。

 のみ込むとのどがヒリヒリし、照射部分の皮膚が赤くただれる副作用があった。日中も寝ていることが増えた。

 そんな時、妻がレストランでの食事や、宝塚の公演に連れ出してくれた。「気分転換になって感謝しています」

 がんが見つかった時、真っ先に考えたのは「家族と11人の弟子を養うには、どうやって稼いでいこうか」ということだった。まじめな性格なのだ。

 放射線治療自体は3分程度で済むため、時間はたっぷりある。本を4冊書き、木久蔵ラーメンに続くスパゲティ「木久扇ナポリタン」を考案した。

 生家は東京・日本橋の雑貨問屋で、「いつもそろばんの音を聞いて育ったので、働かないといけないという思いがある。休業中も本の印税などで稼げました」

 9月上旬に治療は終わり、がんは消えたと言われた。「がんが治れば声が出ると思っていた」が、2週間ほどたっても声は出ない。「がんが消えるのと、声が出るのは別なのか」と不安がよぎった。

 治療終了を見越し、声が出るだろうと仕事を入れていた。同月21日の朝、妻から「いつまで寝てるの」と声をかけられた。

 「そうだね、おはよう」(……あっ、声が出た!)

声が戻り「笑点」復帰 厚い友情感じる
 のどの部分ががんになって、2014年9月、放射線治療を受け、声が戻った。落語家の命とも言える声帯が治療で傷ついていたが、時間の経過とともに徐々に回復していったようだ。「これでまた仕事ができる」と思うと、元気いっぱいになった。

 9週間休養し、人気番組「笑点」への復帰の日。収録会場に自動車で着くと、大喜利で右隣に座る元同門の三遊亭好楽さんが、駐車場入り口に一人で立ち、涙を流しながら待っていてくれた。楽屋には花が飾られ、出演者一同で出迎えてくれた。

 「すごく友情を感じた。うれしかったですね」

 闘病中は子どものファンからも「きくちゃん がんばって」などと、絵と手紙が入ったお見舞いの封筒がどっさり届いて驚いた。

 笑点には、落語家の最上階級「真打ち」の手前の「二つ目」から出演した。当初は大御所たちに囲まれ、今ひとつ自分の持ち味を打ち出せなかった。 鞍馬天狗(くらまてんぐ)など大好きな時代劇の登場人物の物まねを手始めに、ダジャレや歌など、どんな年代にも笑ってもらえて、愛される芸に幅を広げていった。

 落語家になる前は、漫画家もやった。著書は60冊以上。歌のCDも出し、アイドルグループとも共演している。「自分でも面白がってる。ちっとも大変だなんて思わない」。今は映画やドラマに出演する落語家は珍しくないが、マルチタレントのはしりだ。

 「僕の落語は入門編。木久扇が面白いから、他の落語家の噺(はなし)も聞いてみようと思ってくれるのが、落語界での僕の役目」

東京五輪まで「笑点」出演を
 これまでに腸閉塞(へいそく)、早期の胃がん、腰痛などを経験した。手術直後でも「笑点」を休まなかったが、3年前、のどにできる喉頭がんになり、放射線治療を受けた時はさすがに9週間休養した。

 笑点に47年以上出演し続け、落語の公演でも、ほとんど休みなく全国を飛び回ってきた。元気の理由は「妻が体調にすぐ気づいてくれるのと、毎月かかりつけの病院を受診しているから」だ。

 喉頭がんと診断される前、普段とは違う様子に、受診を強く勧めてくれたのが妻だった。かかりつけの大学病院には、五つの診療科を代わる代わる毎月のように受診する。「病院をころころ替えないで、長年のデータがあり、信頼できるところに長く通い続けているのが良いんでしょうね」と話す。

 喉頭がんと分かった時も、病気自体ではあまり悩まなかった。その理由は、小学1年生での戦争体験にある。東京大空襲などで防空壕(ごう)に何度も逃げ込み、「子どもながらに、死んじゃうんじゃないかといつも考え、覚悟もしていました」。だから「戦争に比べたら、病気は自分の中で戦えば済む。小さいことです」。

 東京五輪の2020年に笑点出演は50年を超える。「それまでは出続けたい。そしてもっともっと稼いでみせるぞ!」

当サイトは全国対応の個人間融資掲示板です

北海道個人間融資
青森個人間融資
秋田個人間融資
岩手個人間融資
山形個人間融資
宮城個人間融資
新潟個人間融資
福島個人間融資
石川個人間融資
富山個人間融資
長野個人間融資
群馬個人間融資
栃木個人間融資
茨城個人間融資
千葉個人間融資
神奈川個人間融資
東京個人間融資
埼玉個人間融資
山梨個人間融資
静岡個人間融資
岐阜個人間融資
福井個人間融資
愛知個人間融資
滋賀個人間融資
京都個人間融資
三重個人間融資
奈良個人間融資
和歌山個人間融資
大阪個人間融資
兵庫個人間融資
鳥取個人間融資
岡山個人間融資
島根個人間融資
広島個人間融資
山口個人間融資
香川個人間融資
徳島個人間融資
高知個人間融資
愛媛個人間融資
福岡個人間融資
大分個人間融資
佐賀個人間融資
長崎個人間融資
熊本個人間融資
宮崎個人間融資
鹿児島個人間融資
沖縄個人間融資

全都道府県の方からのご融資のご案内のご投稿をいただいておりますので
ご近所の方からご融資を受けたいということであれば必ず見つかりますので
この機会に是非当サイトマロンツリーご利用お願いします。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページ上部へ戻る