個人間融資 国立大~ホームレス~作家 ジャパニーズドリーム(2)

―――では、富山での放浪は短かった?

世川:富山駅をウロウロしたのは3カ月くらいですかね。

―――え、結構長いですね。

世川:うん。駅や公園をふらついていたんだけど、「どうなってもいいや」という気分だったから。「どこかでぶっ倒れて死んでもいいや」と思って、駅の隅のビルの脇で、雪が降る中を新聞紙敷いて朝まで寝ずに我慢していた。つらかったですね、富山の放浪は。本当にカネがなかったし、気力もなかったから。

―――カネがないのに、どうやって戻ってきた?

世川:サクラが終わって6月ぐらいですかね、名古屋の人が9万円をくれた。それで名古屋駅から帰ろうとしてたんです。でもね、僕はもらったカネを持って名古屋のマージャン屋へ行って、全部失ってしまった。それも土曜日だったので、郵便局長たちは誰一人、僕にカネを送れない状態だったんです。

放浪の末のアイデア

―――まあ自業自得ですね。それで、帰るのはあきらめた。

世川:その時、ポケットの中に2000円だけ残っていた。それで、どうやって東京まで帰ろうかと思ったわけですね。それで、130円の切符を買って、各停の列車に乗り込んだんです。そこから電車を乗り継いで、行きつけのネットカフェがある津田沼駅までたどり着いた。バレずに。

―――どうやって駅を出たんですか。

世川:当然、駅員から「切符はどうしたんだ」と言われる。「いや、東京駅で新幹線を降りる時、機械に挟まっちゃってなくなった」って言ったら、「じゃあ470円払え」と(笑)。

でも、この長旅で、次に書くべきものが見つかったんですよ。各停を乗り継ぐので、時間があり余る。名古屋から乗って、延々と窓から風景を眺めていたんですが、途中で「このあたりに織田信長がいたんだよなあ」と思った。まあ、信長については、多くの作家が書いているから、「つまらねえな」と思ったりしていると、ふと「明智光秀がいた」とひらめいたんです。そうすると、車窓から山が見える。「そうだ、銀だ」と。この時代の経済の要は銀だった。ならば、光秀と銀を結びつけて、小説ができるんじゃないかと思ったわけです。

よく、小説家は海賊を使うでしょ。でも、山賊はもっと自由だったと僕は思ったわけですよ。「山窩(さんか)」という山間で漂泊生活を送る人々がいた。ならば自由に往来のできる国を目指した人たちを描いてみようと思った。

それで、どこの山を舞台にしようかと考えた。カネがないから取材には行けないわけですよ。でも、中国地方の山地なら、昔、郵便局長をやっていたので、どこでも地図を見たらすぐに情景が分かる。それで、三瓶山(島根県)に決めました。

―――そこを舞台に選んだ。

世川:島根県の出雲大社が大和民族に襲われて潰れた時に、三瓶山に逃げていって、そこで石見銀山を発見したと。その銀を使って、大和民族に復讐に向かうストーリーとした。これは史実にのっとっていて、「あるかもしれない嘘」なんです。

―――カネがなくて、各停列車で放浪したからこそ、ひらめいたアイデアだったんですね。

世川:そう。それが始まり。

次回に続きます。

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