個人間融資 国立大~ホームレス~作家 ジャパニーズドリーム(3)

―――世川さんは島根県の離島の出身なのに、海でなくて山を舞台にした。

世川:なぜか、山窩にすごく関心があった。確かに海は自由だけど、結構拘束もされる。むしろ山の方が、標高何千メートルの場所は誰も来ないわけで、自由を満喫したと思う。時の権力に負けて逃れていく人は、海を渡るよりも山に登ったと思ったんです。

―――山の方が移動も食料調達も楽そうですね。
世川:うん。だから山賊とは何だといった時に、光秀の言葉では「追われし者の家」だと。そういう集団が山賊なんだということで書いてみた。

―――すぐに書き始めたんですか。
世川:まずは上野の古本屋を回って文献をあさって、銀と朝鮮出兵を片っ端から調べたんです。

―――そこから始めたんですね。
世川:はい。何とか自分を律して、毎日ネットカフェで朝から晩までそればっかりやっていた。ちょっとカネができるとマージャン屋へ行って小金を稼いで、また千葉のネットカフェを転々として書いていた。

―――2007年ぐらいのことですね。
世川:そうです。そして、『本能寺奇伝』の原形は1年ほどで完成したんですよ。

ネット売文業者

―――そんなに早かったんですか。しかし、そこから出版まで10年かかった。
世川:書き上げて、出版社に行ったんですよ。しかし、当時はノンフィクションが流行っていて、「歴史小説は儲からない」と。「あんたのノンフィクションなら本にしてやるけど、小説はダメだ」と言われたんです。

それで当時、僕は何を考えたかといったら、ネットの世界を生きてみようと思ったわけですよ。どうも文学というものが衰退していると。それで、出版業界というのが低迷する理由も何か分かる気がしたんですね。今までと同じような文学は国民に受け入れられるわけがない。新しい発想に立たなきゃダメだと。であるならば、新しい表現の場所でやってみようと思った。

その時、ある編集者から、「世川さん、物書きはタダで物を書いちゃいけませんよ」と言われました。それで、僕は「ネットの売文業者」を今から立ち上げようと思い立った。「僕の文章を読んで、いいと思ったやつは購読料をくれ」と。それで口座番号もサイトに書いて、そう宣言して始めたわけですね。

これが、今も続いている「世川行介放浪日記」というサイトです。本当にカネがなかったから、放浪して野宿するような日々を1日3回ほどのペースで綴っていった。

―――格調高い文学的な内容もあれば、野宿とかマージャンとか女を綴っている文章もあって、かなりインパクトの強い内容ですね。世川さんを知らなければ、自堕落な放浪は作り話ではないかと疑うでしょうね。
世川:最初はぼろくそに批判されましたよ。「ネットで金儲けを考えているやつがいる」とね。でもいい文章を書けば購読料が送られてくると思ってやっていたら、本当にだんだんと読者が集まってきて、送金が増えていった。1~2年は貧乏が続きましたが、ネット売文業で生活できるようになりました。

 最初は読者が34人でしたからね。そのうち10人ぐらいが、「かわいそうだから、送金するか」って、3000円、5000円といったカネを送ってくれた。そのカネを持ってマージャン屋に行って稼いで食いつなぐ。それが、今では1本4000~5000人が来ますからね。

次に続きます。

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