本日は桜島の日です。

今日(1月12日)は「桜島の日」

1914(大正3)年鹿児島県の桜島で、1月12日、史上最大の噴火がおこり、流出した熔岩で埋まり対岸の大隅半島と陸続きになった。

桜島は、鹿児島市街地から約4kmの海を隔てた鹿児島湾にある成層火山で、北岳・中岳・南岳から成り、東西12.2km、南北9.5kmと楕円形の形状をしている。その山頂部には最高峰の北岳(1117m)と現在活動中の南岳(1040m)のピークがあり、山麓部には多くの側火山が分布している。南岳の噴火口は約50万人の人口を擁する鹿児島市の市街地まで約10kmという近距離にある。島内には約2500所帯、6300人(2000年10月1日現在)が生活し、観測・防災面で万全の対策を取りながら、火山と「共存」しており、火山の島にこれだけの人が住んでいるのは世界でも珍しいとのこと。海の中にそびえるその姿は、異彩を放っており、島は市内からのアクセスも容易なため鹿児島観光の目玉となっているが、現在も南岳は活発な活動を続けており,鹿児島市やその周辺の市・町に多量の火山灰を降らせ,人々の暮らしに大きな影響を与えている。もともとは孤立した島であったが、1914年(大正3)年の大噴火、通称「大正大噴火」により、流出した熔岩で埋まり対岸の大隅半島と陸続きになった。以下参考の「消防防災博物館」の記載によると、このとき、1月10日から地震が始まり、12日には島の南岸で熱湯が噴出。12日10時頃から西側中腹噴火が始まり、10分後南東側中腹からも噴火が始まった。13日20時頃から溶岩流が流出し、島の西側及び南東側に流下した。そして、南東側の溶岩流は脇、有村、瀬戸の3ヶ村を埋没し、海を埋め立てて桜島を「島」から「半島」に変えてしまった。この時の地震、噴火による被害は村落埋没、全壊家屋120棟、死者58名、負傷者112名で、当然農作物にも大きな被害が出たという。
桜島の活動は、約1万5000年前以降に始まったと推定され、若い火山の部類に入るようだ。溶岩流出を伴う山腹噴火と、降灰をもたらす山頂噴火を繰り返しており、記録に残る大噴火としては1476(文明8)年、1779(安永8)年、1914(大正3)年、1946(昭和21)年の4つ。その後も、南岳山頂火口は1955 (昭和30 )年10 月の爆発以来今日まで長期間にわたって活発な噴火活動を続けており、ちなみに2000(平成12)年の1年間には爆発が169回,噴火が306回,火山性の地震が20,233回発生。また降灰の最も多い鹿児島市の東桜島地区の有村町で1年間に1平米あたり26,852gを記録しているという。(財団法人消防防災化学総合センター)

専門家によると当面は大規模な爆発の恐れはないと言われているようではあるが、相手は自然のことであり、何時大きな爆発が起こるかわからない。不測の事態には、常日頃から備えておく必要があり、そのため、鹿児島市では1971年(昭和46年)から毎年1914(大正3)年の大爆発の起こった1月12日に県や桜島町などと合同で総合防災訓練を実施しているようである。

昨年は自然災害が多かったので今年は平和な1年になってほしいものです。  

融資掲示板マロンツリー管理人

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