わが子が「嘘をつく」「ズルをする」…その心を鍛える3つの方法

我が子が「嘘をつく」「ズルをする」、それを寛容に受け止められる親がどのくらいいるだろう? テストやドリルなども、ズルをする可能性があるから子どもには自己採点させない、という親もいるだろう。しかしじつはそんな自己採点の場面こそ子どもの心を鍛える絶好のチャンスだという。

イライラして投げ出す子、誤魔化す子
ある小学校の低学年担任の先生たちとの雑談。毎日、とても忙しくてたくさんのノートやドリルを持って帰る日々が続くと嘆く。働き方改革の掛け声は勇ましいが現場にはなかなか届いた実感はないと愚痴も続く。
では、先生たちはノートやドリルを持って帰って何をしているのかというと、当然せっせと答えあわせにいそしんでいるわけである。でも、翌日、たくさんの時間を費やしたノートやドリルを子どもに返しても、彼らはほとんど振り返ることはせず、そのままカバンに押し込んでいるのが現実と嘆く。
でも子どもの気持ちもわからなくはない。自分が取り組んだドリルなどはその直後に正解かどうか知りたいと思っているはず。時間を経て返されても熱は冷めてしまっている。
では、どうしたらいいのだろうか。

答えは簡単。ドリルなどは取り組んだ直後に自分で答え合わせをするように育てるのがいい。私は一年生からでもそうさせることが大切だと思っている。いや、ちゃんと教えれば幼稚園の子どもにだってできる。そしてこれは家庭学習でも同じ。
さすがに家庭学習の時は、熱心な親はそばですぐに答え合わせなどをして、間違いを修正してあげるのだろうが、ここも一歩引いて子どもたちに自分でさせてみよう。
実は答え合わせを自分でするという行為そのものに、「思考力を育てる」のによい場面がたくさんある。
家庭でも、試しに答え合わせの方法を教えて、我が子の自己採点を少し離れて見守ってみてほしい。すると、けっこう悪戦苦闘している我が子がいることに気がつく。
まず自分が今取り組んだ問題の答えのページを探すだけでも一苦労。もしかしたらこの時点で「ねー、どこに答えがあるの」とすぐに親に頼るかもしれない。
でも放っておこう。見つけられなくてイライラして投げ出す子か、根気よく探す子か。さらには解答のページが見つからないのにいい加減に〇を付けて誤魔化してしまう子か。
こんなところでも、我が子の育ち方がよく見える時間がある。

子どもたちに「答え合わせ」をさせない教師、親たち
さて、無事答えのページを見つけたとしよう。今度は一つずつ比べては〇をつけていかねばならない。
多くの場合、答えのページと問題のページは離れているから、子どもたちは問題集をひっくり返しては、ひとつひとつ対応させていくことになる。物事を対応させて同じかどうかを判断していく力は、育てたい大切な思考力の一つ。
同じ形の図形を探すワークなどせっせとさせていることを思えば、線つなぎなどの問題の答え合わせは、図形認識力をみるよい問題にもなっていると考えられるではないか。
ところが、この方法に意味があることを知っているはずの小学校の低学年の先生方が、それを子どもに積極的にはさせていないという事実がある。なぜだろうか。もちろん教師が自分で答え合わせをした方が手っ取り早く、子どもの理解度もよくわかるからという利点はあるのだけど、実は別にもう一つ大きな理由があった。
それは「ちゃんと答え合わせをしないでずるいことをする子がいる」のではないかという心配。だから、小学校では子どもたちにドリルを渡す時も解答は抜き取って教師や親が保管することが多い。

間違いがあるのは当たり前のことなんだよ
でもこれって、大人が子どもを信用していませんよと言っているようなもの。
私は低学年の担任時代からちゃんと解答を子どもたちに渡し、自由に活用できるようにしていた。彼らを信じるという意味だけでなく、答え合わせの仕方についてどのような意味があるのかをちゃんと教えることは学び方を教えるという意味でも大切なことのはずだから。
ただこうした心配があるということは、逆によい子育ての題材にもなると考えることもできる。つまり我が子は本当に心配していたようなずるいことをしてしまう子なのか、観察するよいチャンスだと思って勇気をもって活用してみようではないか。心の教育をするよい場面にきっとなる。
ある時、私も一年生の子どもに〇を自分でつけるときの、約束を教えるための授業をしてみた。自己採点というテーマだけで45分ちゃんと授業をする。

私が教えることは、次の3つ。

①ひとつずつ対応させて同じかどうかを判断すること
一気にぐるぐると大きな花丸をつけるのではなく、ひとつずつ(もちろん、問題にもよりますから、そこは教える大人が使い分けていいのですけど)。

②自分に正直につけること
間違えることがあるのは当たり前なんだよと伝える。一度、間違えたことが次には少しでもできるようになっていくこと。それが勉強の仕方として大切なことだと小さいころから語りかけてあげよう。失敗を怖れない子にするためにも。

③間違えた時には、正しい答えを赤ペンで書き込んだりせずチェックだけにしておくこと

子どもは、小さな体で自分の中の心とたたかっている
さて、話題を二番目の正直にというところに戻そう。

これは、この時期の子どもたちの教育で大切にしたいこと。予想されるように確かに子どもに〇をつけさせると初期の段階には学校でも必ず一人か二人、どうしても心の弱い子に出会う。

間違っているのにそっと書き直して〇にしてしまう子、書き直さないけど誤魔化して〇にしてしまう子といろいろいることは私も知っている。でも、それが予想できるのなら心の教育に使うよいチャンスと私も考えて活用している。

家庭学習の時も、まずは自己採点の前にそっと子どものドリルを見ておく。間違えている問題があるかどうかを把握しておいて、我が子がその問題をどのように処理するか、少し離れて見てみぬふりして見守る。

見守る親にとってもドキドキする時間になる。正直につける子に育っているのだろうか、誤魔化すようになってしまっているのか。もしも誤魔化すようになっていたら、あまりにもテストやワークプリントなどで神経質に接しすぎたのではないかと反省しよう。親もこのぐらい心の準備をして観察すれば少しは冷静でいられるだろうか(笑)。

私が教室で行う時も同じようにしてみた。答え合わせの前に「みんなもうできたかな」と呟きながら教室を見回る私。間違えている子が何人かいる。それを記憶しておいて答え合わせを任せる。もちろん正直に×をつける子もいるが、予想通り誤魔化す子も……。

私は見回りを終えて静かにみんなに語りかける。

「先生、驚いたなあ。みんなちゃんと答え合わせが自分でできるね。ときどきね、本当は違っているのにごまかして〇をする子や、書き直して〇をしてずるいことをする子もいるんだけど、今日のこのクラスにはいなかったなあ。みんないい子ばかりで大好きになっちゃった」、なんて少し大げさに言ってみたりする。

誤魔化した子が少し気まずそう。でも少し時間をおいて子どもたちのドリルを見回ってみると、おやおや、先ほどはごまかして〇になっていた子のドリルが元に戻っていたりする。目があうとどぎまぎしていたりする。かわいいではないか。

こんな小さな体でちゃんと自分の中の心とたたかっている。そして何とか正直な自分が勝ったというわけだ。私はそのそばをすれ違う時、そっと頭をなでてあげた。その子は私と目が合うとペロッと舌を出して笑ってみせた。授業後、気まずかったのかな。私の傍に来て甘えてぶら下がり「見間違えちゃった」と言い訳。これもまたかわいい。

自己採点の時間にこんな変化が見られたらりっぱな成長だと思いたいもの。テストで点をとれるようにすることだけを追わないで、こうした時間が我が子の心の教育にも役に立つと思ってもらえたら自己採点させるだけでいろいろな効果が期待できる。

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